『赤ちょうちん』が生まれた昭和49年 | 1974年の歌謡界を振り返る 

しまの介

しまの介は、「昭和の歌」を中心に、ギター弾き語りでカバーして、youtubeチャンネル「しまの介SONGS」で配信しています。

昨年の2月21日に配信しました赤ちょうちん』(かぐや姫)ですが、1年をかけまして4月19日に再生回数1000回を達成いたしました!

しまの介

多くの方にお聴きいただきまして、誠にありがとうございます。

しまの介

かぐや姫の曲では、『神田川』が既に再生回数1000回を達成しております!
(4月25日現在、1211回)

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『赤ちょうちん』の1000回再生を記念しまして、今回はこの曲及びこの曲がリリースされた「昭和49年(1974年)」の歌謡界の状況について、記述してみました。

1年かかりましたが、1000回視聴されました!

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この配信曲の「いいね」は2個。
(ちなみに、4000回以上視聴されています松山千春の「雪化粧」の「いいね」は15個)

ですが、じりじりと再生回数が伸びまして、1000回に到達いたしました。

『赤ちょうちん』の魅力

赤ちょうちん』は、昭和45年(1970年)にテビューしたフォークバンド「かぐや姫」の曲です。

デビューから3年後の昭和48年(1973年)9月に発売した『神田川』が大ヒット。

翌年の1月に『赤ちょうちん』が発売されました。

同年5月に発売された『』を含めてこの3曲を『四畳半フォーク3部作』とも言われています。

この3曲は、作曲はグループのリーダーである南こうせつ。
作詞は喜多條忠(まこと)です。

作詞の喜多條忠は、早稲田大学中退。
上記3部作は、早稲田大学在学当時の自身の体験が反映されている感じですね。

しまの介

この曲の魅力は、何でしょうか?
しまの介の独断ですが、
①イントロと、➁歌詞でしょうか?

①まずイントロですが…

●フォークギター(スチール弦)のスリーフィンガーピッキングによる伴奏。

●ボトルネックを使用したスライドギター奏法による旋律。

この2つを重ねたイントロが、この曲を特徴づけています。

②次に歌詞ですが…

昭和49年当時の、若者の同棲生活ぶりが目に浮かぶ歌詞ですね。

部屋の照明が「裸電球」なんて家、今あるのですかね?

線路脇の家賃の安いアパート。

今はあまり見かけない「公衆電話」。

当時は当時は携帯電話なんて、もちろんありません。
アパートや下宿住まい(しまの介がそうでした)の主要な通信手段は、「公衆電話」でした。

まさに『昭和』を思い出させる歌詞ですね。

しまの介

この曲がリリースされた昭和49年は、しまの介17歳(高校3年生)の時。

ただ、高校3年の時の記憶の中には、この曲はありません。

この歌が自分の記憶として残っている時期は、東京の大学に進学して、4年間過ごした四畳半の下宿(風呂なし、トイレと洗面所は共同)で、フォークギター抱えて歌っていた頃ですかね。 

今回の弾き語りについて

しまの介

大学生活の下宿屋で弾き語りをしていた曲なので、歌の方は特に練習をすることなく歌えました。

が、配信曲を聴きなおすと、「歌詞の語尾」を伸ばしてるんですね。

南こうせつの歌い方を聴くと、「歌詞の語尾」をあまり伸ばさずに歌っています。

まさに『弾き語り』なんです!

カバーする前に、原曲をよく聴いておくべきだったと、反省しております。

しまの介

イントロは、前述しましたように、下記の2つのパートからなります。

スリーフィンガーピッキングによる伴奏。
(弦を叩く=プリングオンと、弦をはじく=プリングオフを多用しています)

➁ボトルネックを使用したスライドギター奏法による旋律。

このため、①と➁を別々に弾いて録音。
後から、①と➁の録音を重ねています。

ただ、重ねた音がずれてますね😅

この「録音を重ねるやり方」については、また別途書きたいと思います。

昭和49年の時代背景

昭和49年(1974年)は、前年の10月に勃発した「第4次中東戦争」による石油価格の高騰で、経済は混乱していました。
いわゆる「オイルショック」ですね。

「トイレットペーパー」や「洗剤」が店頭から無くなるとのデマ?によって、買い溜め騒動が起きました。

この年は、戦後はじめて「マイナス経済成長」となっている。

昭和49年の歌謡界の状況は?

しまの介

昭和49年の歌謡界を捉える場合のキーワードは、
フィンガー5
フォークソング
演歌
の3つじゃないかと思います。

①フィンガー5

昭和49年の歌謡界を沸かせたのは、沖縄出身で兄妹5人のグループ、フィンガー5です。

リードボーカルの晃君は、なんと11歳。妹の妙子ちゃんも可愛かったですね。

前年リリースの「個人授業」(8月)、「恋のダイヤル6700」(12月)でブレークして、昭和49年には「学園天国」(3月)も大ヒットするなど、昭和49年の歌謡界を席捲しました。

②フォークソング

前年にリリースされた井上陽水の『夢の中へ』、ガロの『学生街の喫茶店』、かぐや姫の『神田川』などに続いて、
昭和49年もかぐや姫の『赤ちょうちん』(1月)、グレープの『精霊流し』(4月)、山本コウタローとウィークエンドの『岬めぐり』(6月)など、引き続きフォークソングが流行りました。

しまの介もカバーしています☟

③演歌

しまの介

フィンガー5やフォークソングの流行の中でも、演歌も頑張ってました!

昭和49年のレコード売上トップは、前年発売された殿様キングの『なみだの操』でした。

昭和49年にリリースされた主な曲は?

しまの介

最後に、昭和49年にリリースされた曲で、しまの介が知っている曲を列挙してみました。

カラオケ🎤で歌う際の参考にしてください✋️

【1月】
◉『うそ』中条きよし 
◉『赤ちょうちん』かぐや姫

【3月】
◉『積木の部屋』布施明
◉『二人でお酒を』梓みちよ
◉『私は泣いています』りりィ
◉『学園天国』フィンガー5

【4月】
◉『ひまわり娘』伊藤咲子
◉『精霊流し』グレープ

【5月】
◉『妹』かぐや姫

【6月】
◉『ひと夏の経験』山口百恵
◉『岬めぐり』山本コウタローとウィークエンド

【7月】
◉『ふれあい』中村雅俊

【8月】
◉『傷だらけのローラ』西城秀樹

【9月】
◉『よろしく哀愁』郷ひろみ