YouTubeしまの介SONGS『案山子(さだまさし)』Aメロは東京で下宿生活する息子への父の言葉

4月27日にYouTubeチャンネル『しまの介SONGSに、さだまさしの『案山子』のギター弾き語りカバーを配信しました。

配信後、本日が10日目ですが、お陰様で622回視聴していただいております。

この曲は1977年(昭和52年)11月25日に発表されました。
同年はしまの介にとっては、前年に東京の大学に合格して、4畳半の部屋での下宿生活の2年目(つまり大学2年)の年です。

4畳半の下宿については、
下記の記事もお読みください。
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親元を離れての下宿生活。
親との連絡は電話です。
(気恥ずかしくて、しまの介は親に手紙を書いたことがありません)

当時はもちろん携帯電話などなく、親に電話をするには、
◎下宿の大家さんの電話を使わせてもらうか、
◎「公衆電話」しかありません。

そして当時、電話をする度に父親が言った言葉が、
元気か?
お金はあるか?
いつ帰ってくる?
でした。

まさに、さだまさしの『案山子』のAメロの歌詞は、父親の言葉そのものでした。

当時、実家に帰ると、父親もこの歌を知っており、自分が言っていることと同じだと気付いている風でした。

そんなこともあり、父親が亡くなったあと、一時期はこの歌を歌うと、当時を思い出して歌えなかったですね。

7~8年前になりますか、さだまさしのコンサートに行ってこの歌を聴いた時は、おもわず泣いてしまいました。
嗚咽が周囲に聞こえないように、必死でこらえてましたね。
隣にいた奥さんには、気づかれてしまいましたが…

そんな想い出のある歌ですが、この歌をウィキペディアで調べますと、さだまさしは弟を思って書いた歌詞(当時、台湾に留学していたとか…)みたいですね。

ですから父親が息子にかけた言葉ではないようです。

まぁ、歌詞の成り立ちはそうでしょうが、しまの介にとっては、父親を思い出すよい歌になっています。

多分、皆様の中にも親元を離れて一人暮らしをした経験がある方は、親からこういった言葉をかけられたのではないかと思います。

話は逸れますが、今では親との連絡は、「公衆電話」ではなく、携帯電話ですよね。

この携帯電話が、テレビドラマに出てきたのは、W浅野浅野ゆう子、浅野温子)が主演した1988年放映の『抱きしめたい』(フジテレビ)からじゃないでしょうか?

いかにも、『こんな電話ができたんだ』と言わんばかりに、W浅野がこれ見よがしに使ってましたよね。

それを茶化したのが、お笑いタレントの平野ノラ
彼女が「しもしも~」と抱えているのが、当時(=バブル期)の携帯電話です。
笑っちゃうほどデカいものでした。

デカいけど、「へぇ~、無線で話ができるんだぁ~」とチョット驚きましたね。

あのドラマから36年。
携帯電話はガラケーを経て、スマホに進化してきましたね。

なお、『案山子』の視聴回数622回は、『しまの介SONGS』の現在までの配信曲78曲中、上位11番目になっています。

ちなみに、現在の視聴回数上位3曲は、
雪化粧(松山千春)3277回
別涙(因幡晃)1982回
精霊流し(グレープ)1713回です。

《補足説明》
さだまさしは、吉田正美1972年(昭和47年)にバンド「グレープ」を結成。
1973年(昭和48年)に「雪の朝」で全国デビューしました。
グレープは、シングル6枚、アルバム3枚を出しましたが、1976年(昭和51年)に解散。
同年からさだはソロ活動を始めます。

この『案山子』は、1977年(昭和52年)11月25日に、ソロとなって4枚目のシングルとして発売された曲です。

しまの介SONGSでは、さだまさし&グレープの歌を今までに6曲配信しています。
6曲は再生リストにまとめてありますので、お聴きください‼